子どもを介した不思議な関係「ママ友」。本音を言えば「気が合わない」「付き合いたくない」相手だけれど、子ども同士が仲良くしているので仕方なくお付き合いしているというケースもあると思います。「でもできれば関わりたくない!このイライラどうしたらいいの…?」そんなあなたに「空気が読めない」ママ友との付き合い方について提案させてくださいね。
目次
空気が読めないママ友にイライラ
空気が読めない=常識がない?
ママ友とのお付き合いに関するご相談も良くいただくのですが、最も多いのが「空気が読めない」ということ。
「私は早く帰りたいのに子どもたちが遊んでいるのをただにこにこ見ているだけ!信じられない!」
「私に許可なく子どもの写真を勝手に撮った!SNSにアップしたりしないでしょうね?!」
「子どもが大人の話に割って入るのを制止しないなんて非常識じゃない?」
「電車の座席で子どもに靴を脱がせないなんて。一緒にいる私まで非常識だと思われそうだからやめて!」
思わず心の中で「空気読んで!!」と絶叫してしまうこと、あるのではないでしょうか。
もう疲れるから一緒にいたくない、出かけたくない、と思っても、園や学校で顔を合わせざるを得ないので大変ですよね。それにこの記事を読んでくださっているあなたはきっと「大人の事情で子どもに『あの子と仲良くしないで!』なんて言いたくない」という優しいお母さんなのでしょうから、ご自分が我慢すれば…と思っていらっしゃるかもしれません。
なぜ「空気が読めない人」にイライラするのか
そもそもなぜ私たちは「空気が読めない人」にイライラするのでしょうか。
私はその気持ちの正体は「期待」だと思っています。
「もう時間も遅いしあちらも急いで帰りたいだろう」
「子どもの写真を撮る時は一言声をかけてくれるだろう」
「大人の話に割って入る子を制止してくれるだろう」
「電車の座席では子どもの靴を脱がせるものだろう」
そう自分が「常識だ」「当然だ」「心地よい」と思っていることを「相手が理解してくれるだろう」「相手も大切に思っているだろう」と期待するからこそ、相手がやってくれないと裏切られたような気持ちになり、「空気を読んで!」と憤るのです。
AさんBさんどちらが「非常識」?
ここに2人のお母さんがいるとします。
Aさんは「夕飯は18時に食べるもの」と思っている方。
Bさんは「夕飯は準備ができ次第19時くらいには食べられればいいもの」と思っている方だとしましょう。
17時ごろになってもまだ二人のお子さんが公園で遊んでいると、Aさんはそわそわし始めるでしょう。18時に夕飯を食べるとなると、そろそろ家に帰って夕飯の準備をしないと間に合いません。
一方でBさんは、19時くらいでいいや、と思っていますから、そこまで気にならないかもしれません。子どもたちが伸び伸び楽しそうに遊んでいる姿を見て微笑ましいな、と思っていることでしょう。
Aさんはこう思うかもしれません。
「17時過ぎてもまだ『帰ろう』って声掛けしないなんて、なんて非常識なんだろう」
「普通は17時になったら子どもを家に帰すでしょう!」
さあ、あなたはAさんとBさん、どちらが「非常識」だと思いますか。
この答えは、あなたがAさんとBさんどちらに共感できるかで変わってくるのではないかと思います。
あなたの「常識」は相手にも「常識」か
私たちは1秒間に約2000個の情報にさらされていると言われています。その量は膨大で、脳が一度に処理するにはかなりのエネルギーを消耗してしまいます。ですから私たちの脳は自分の「興味・関心・大事だと思っていること」に関する情報だけを取捨選択しているのです。
つまり先の例でAさんは「18時に夕飯を食べる」ことを「大事なこと」だと思っていますから、「17時」という情報に対し「時間がない」「もう帰らないと」という反応をしました。
一方でBさんは「決まった時間に夕飯を食べること」をそこまで重視していませんから、「17時」という情報をAさんほど重要視しなかったのかもしれません。
つまり、二人の反応の違いは「何が大切だと思っているか」「何が守りたいルールなのか」の違いということです。一言で言ってしまえば「価値観」の違いですね。
もしあなたがAさんBさんどちらかを「非常識」だと感じたとしたら、その人とは「価値観」が異なり、むしろもう一方の人と「価値観」が近いのかもしれません。
この「価値観」はその方の過去の経験によって作り出されるものです。ある意味、その方の「人生」が凝縮された大切な結晶と言っても過言ではありません。私たちは違う「価値観」にぶつかった時に、その衝撃で自分の大切な結晶が壊れないよう、咄嗟に相手の「価値観」を「非常識」とみなして…つまり「自分が正しい」と思うことで自分の「価値観」を守ろうとするのです。
「空気読んで!」の正体とは
つまり「空気を読んで!」と言いたくなる気持ちの正体は「自分の価値観を守りたい」「自分が正しいと思いたい」あなたの心の働きです。
そしてこのこと自体は決して悪いことではありません。
先に述べたように「価値観」はその方の「人生」が凝縮された大切な結晶。自分が望んでいないのであれば無理に変える必要もありませんし、相手に合わせなくてはならないわけでもありません。
ここで大切なのは「あなたがイライラしないでいられる方はどちらか」ということです。
18時に子どもにご飯を食べさせてあげたい!と思う気持ちは自由ですし、とっても素敵ですけれど、もしそれが理由で
相手のお母さんに「空気読んでよ!」とイライラし
そのイライラを引きずったまま家に帰り
「もう!時間がないじゃない!」と怖い顔で料理をする、
しまいには子どもに「ちょっと!机の上片付けて!」と当たってしまうのであれば
18時にご飯を食べさせることはそのイライラを引き受けてでもあなたが絶対に守りたいことなのかどうかを考えていただきたいのです。
「空気が読めない」ママ友と上手く付き合うコツ
まずは自分で「選ぶ」こと
18時に何としてでも子どもにご飯を食べさせる!
あなたがそのマイルールをもし持っているとしたら、どちらを選びたいですか?
A. イライラするのは嫌なので今日は18時にご飯を食べるのをやめる
B. 何としてもルールを死守したいので切り上げて帰る
どちらかが正解で、どちらかが間違っている、という訳ではありません。あなたが持っている「マイルール」をご自分のイライラと天秤にかけたとしてどちらの方が大切かを選ぶ権利があなたにはあります。
マイルール < イライラすること
イライラすること > マイルール
ここでとても大切なのは「相手が選んでくれることを期待しないこと」です。何もしなくても相手が勝手に動いてくれるだろうと期待するのは鏡の中の自分の頭の寝ぐせを直そうとするようなもの。期待はイライラのもとになりますからまずは自分でコントロールできる選択をしましょう。
妥協ではなく「あるがまま受け止めた」と思おう
では具体的に「マイルールを守るより、イライラしない方を選ぼう!」と思ったのであれば、「妥協した」「諦めた」と思うのではなく「自分で決断してあるがままを受け止めた」とご自分を誇りに思ってください。「妥協」や「諦め」という言葉にはネガティブなイメージがついているのではないでしょうか。もしあなたが「ああ、妥協してしまった」「今日は諦めるか」と思うとどんどん「ネガティブな感情」が生まれてきます。そうなると折角自分で選んだのに、選択を後悔したり、またイライラしたりと感情が動いてしまいがち。
多くの人が日常生活の中で「自分で意識して選ぶ」ということをやっていません。日常生活は余りにもオートマティックで、何も考えずに行動できるからです。実は「自分で選び決断する」ことは人の幸福度を高めることが分かっています。その「面倒くささ」を選べたあなたはそれだけですごい!だから「イライラしない方を選べた!」とご自分をほめてくださいね。
あなたの「ルール」を相手に教えてあげよう
一方で「何としてもマイルールを守ろう」と思ったのであれば、あなたのやるべきことはただひとつです。それは「相手にあなたの『考え』を伝えること」です。相手はあなたが持っているルールを知りません。だからあなたが教えてあげない限り、相手があなたを気遣うことは出来ないのです。相手は決して「空気が読めない」のではなく、知らないからあなたを気遣うことが出来ないだけであるケースがほとんどではないでしょうか。(これは夫婦間でも同じことが言えますね)
ですから「17時になったので帰ります」と伝え、子どもを連れて帰りましょう。その時に「一緒に遊んでくださってすごく助かりました。ありがとうございました」と一言お礼を添えれば、「言いにくいことを言った」けれど相手は嫌な気持ちにはなりません。
もしそれすらも言いづらいのであれば、勇気が必要です。伝えることの労力を惜しんで、自分の思い通りにことが進むことはほとんどありません。自分で状況をコントロールするために、ちょっとだけ勇気を出してください。多分あなたが考えているほど、相手はあなたの言動を気にしていません。人は基本、自分のことにしか興味がない生き物ですから。
「選ぶ権利」はあなたにある
相手が「空気を読んでくれる」と期待することは、「がっかりする可能性を高める」ということ。それはあなたにとっても、相手にとっても決して良いことではないですよね。相手に選ばせるのではなく「自分で選ぶ」。それがあなたがママ友づきあいでイライラしないためのキーワードです。「選ぶ権利」はあなたにあります。ずっと悩んでいた関係も、シチュエーションも、少しの勇気で選んで、行動することが出来れば、意外と簡単に解決するかもしれません。あなたの「勇気」、応援しています。